ご挨拶

 深緑の候、近畿支部会員の皆さまは、ご息災でいらっしゃいますでしょうか?
 まさか3年続けて支部ニュースのご挨拶でコロナ禍について触れなければならなくなるとは、予想もしないことでした。日本国内では昨秋から収束に向かうかに見えたものの、感染力の強い株による第6波が襲来し、この原稿を執筆している5月初旬の時点で未だ光明が見えていません。
 身近な方やご自身の感染、勤務先やご家族の通園・通学先での感染者発生によって大変な思いをされている方も多いことと思います。心よりお見舞い申し上げます。
 暗い話題ばかりのご挨拶にしたくありませんので、恐縮ながら私的な経験を書かせていただきます。
 昨夏の終わりに私は、最愛の父を見送りました。父は穏やかで優しく教養豊かな人でした。母が早くに逝きましたので、父と私の絆はとても強く、父の再婚後も一緒に日帰り旅行に行ったりカルチャーセンターで共に受講したり、家も近いので食事もよく一緒にしていました。最後の2年間は月に3〜4回のペースで父の家に行き、認知症が少しずつ進んできた父と義母に音楽療法的なことをして楽しんでもらいました。ふだんは数十名の大集団のセッションばかりしている私にとって、父とのセッションは非常に勉強になりました。声域がメゾの義母とテナーの父が一緒に歌うと、いろいろ移調してみても、どちらかが苦しいことが多く、男女一緒の歌唱セッションの難しさを知りました。父は「野ばら」や「ローレライ」をドイツ語で朗々と歌う一方で、童謡は決して歌いませんでした。軍歌は海軍のものを好み、軍隊の中でも航空隊に憧れていた若者が多かったことがわかりました。私が病棟でよくやっている脳トレ(歌いながら「胸でグー、前でパー」)は、日常会話に支障のなかった父にとってさえ、とても難しい動作でした。長年、音楽療法士として働いてきて、なんとなく「ベテラン」になった気でいましたが、父のおかげで、まだまだわかっていないことがいかに多いかを知ることができました。私のように大集団セッションが主という方は、是非、少人数のセッションを体験する機会を持つことをお勧めいたします。
 人と共に歌うこと、会話することが感染につながるという新型コロナウイルス感染症の蔓延により、これまで築き上げてきた音楽療法の方式に大きな見直しを強いられた方も多いと思いますが、緊急事態宣言などによる中断を経て再開された現場では、「やはり音楽療法は素晴らしい、音楽療法は大切だ」という声をいただくと聞いております。昨年、コロナ禍の心身に及ぼす影響に対して「今こそが音楽療法の出番」と書きましたが、今年も同様の認識で、皆様と共に頑張りたいと思います。そして昨年と同じ言葉で締めくくらせていただきます。

 『明けない夜はありません』

 末筆ながら近畿支部会員の皆さま、ご家族の皆さまのご健勝をお祈りいたします。